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わらうおしおんな

笑う唖女

夢野 久作

「文芸」1935(昭和10)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,719 字 · 31 页

青空文庫

無造作に狂女の右腕を捕まえて注射した。

唖女のお花は痛がらなかった。却て何となく嬉しそうに注射器と澄夫の顔を見比べてニコニコしていたが、注射が済むと、何と思ったか急に温柔しく手を離して、伝六郎と一作に手を引かれながら、繿縷の腰巻を引擦り引擦り立ち上った。もう真暗になった軒下を、裏手の物置納屋の処へ来た。

納屋の前まで来た時、彼女はモウ眠気を感じているらしかった。先に立った一作が造ってくれた古藁と、古茣蓙の寝床へコロリと横になって眼を閉じた。大きな腹の上に左手を投げかけると、もうスヤスヤと寝息を立てていた。

嘗て殿様のお鷹野の時に、御休息所になったという十畳の離座敷は、障子が新しく張換えられ、床の間に古流の松竹が生けられて、寂びの深い重代の金屏風が二枚建てまわしてある。その中に輪違いの紋と、墨絵の馬を染出した縮緬の大夜具が高々と敷かれて、昔風の紫房の括枕を寝床の上に、金房の附いた朱塗の高枕を、枕元の片傍に置いてあった。

その枕元に近い如鱗の長火鉢の上に架かった鉄瓶からシュンシュンと湯気が立っていた。

仲人栗野博士から、唖女に対する伝六郎の口上を、身振り手真似、声色入りで聞かされた花嫁の初枝は、たしなみも忘れて、声を立てながら笑い入った。