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わらうおしおんな
笑う唖女
夢野 久作
「文芸」1935(昭和10)年1月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,719 字 · 31 页
全身汗にまみれて、息を切らした。そうして胸が苦しくなって、眼がまわりそうになって来た時、突然に、前を遮る雑木藪の抵抗を感じなくなったので、彼はヒョロヒョロとよろめいて立佇まった。
彼はまだ眼を閉じていた。はだかった胸と、露わになった両脚を吹く涼しい風を感じながら、遠く近くから疎に聞こえて来るツクツク法師の声に耳を傾けていた。山中の静けさがヒシヒシと身に泌み透るのを感じていた。
突然、鳥とも獣とも附かぬ奇妙な声がケタタマシク彼を驚ろかした。
「ケケケケケケケケケ……」
彼はビックリして眼を見開いた。彼は山の中の空地の一端に佇んでいたのであった。
そこは巨大な楠や榎に囲まれた丘陵の上の空地であった。この村の昔の名主の屋敷趾で、かなりに広い平地一面に低い小笹がザワザワと生え覆さっている。その向うの片隅に屋根が草だらけになって、白壁がボロボロになった土蔵が一戸前、朽ち残っていた。
その倉庫の二階の櫺子窓から白い手が出て一心に彼をさし招いている。その手の陰に、凄い程白く塗った若い女の顔と、気味の悪い程赤い唇と、神々しいくらい純真に輝く瞳と、額に乱れかかった夥しい髪毛が見えた。