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はこねあたみバスきこう

箱根熱海バス紀行

寺田 寅彦

「短歌研究」1935(昭和10)年6月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 5,181 字 · 11 页

青空文庫

今日は朝の九時半頃家を出て箱根で昼飯を食って二時には熱海へ来た。そうして熱海ホテルでお茶を飲んで七時にはもう宅へ帰って夕食を食っていた。九歳の時に人力車で三日かかって吉浜まで来たことを考え合わせてみると、現代のわれわれは昔の人に比べて五倍も十倍も永生きをするのと同等だという勘定になるかもしれない。

熱海ホテルの海に面した芝生は美しい。去年見た新解釈「金色夜叉」の芝居で柳永二郎の富山がお宮の母と貫一の絶縁条件を値踏みしなが「二万円もやりぁいいでしょう」と云ったあの舞台面は多分ここをモデルにしたものらしいと思われた。

箱根ホテルでは勘定をもって来てくれと四、五度も頼んで待ち草臥れた頃にやっと持って来たのであったが、熱海ホテルの方ではまだお茶を飲んでいる最中に甲斐甲斐しい女給仕が横書きの勘定書をもって来て、「サービス三十銭頂戴します」と云った。箱根の山の中と十国峠を越えた太平洋岸の熱海とで、このくらい文化の程度と性質が違うものかと云って内証でみんなと笑ったことであった。

帰りの汽車では忘れずに農園のチューリップと、チューリップの農園の概観を網膜に写すことによって往路の小発見の満足を蒸し返し完成することを忘れなかった。