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はんちゅうとしてのくうかんについて

範疇としての空間に就いて

戸坂 潤

――之は一つの習作である――

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 45,453 字 · 89 页

青空文庫

何れかに這入っているというのではない、そうではなくしてまず空間がありその表象内容を客観と名づけること――それは客観という Sph※(ダイエレシス付きA小文字)re にぞくしていることではない――によって主客の対立が可能となると云うのである。繰り返して云えば、空間を客観と呼ぶことが許されるならば(客観の Sph※(ダイエレシス付きA小文字)re にあるという事ではない)、その時同時にその空間は主観を含んでいなければならない。故に空間は主観ではないという意味に於ては客観であるとは云えなくなる、即ちそれが特に客観であるとは云えなくなる。従って又客観的でもあり得ない(客観的=客観と仮定してあったから)。さて空間が客観的であると謂っていることはやがて――それはこのテーゼの云わば自己発展の時間であろう――逆に空間は客観的ではないというアンティテーゼに転成(werden)しないではいられない。このディアレクティークの裏に空間に関する客観説――そう呼ぶとして――がその実証的な強みにも関らず、それに反対する主観説を常に説得出来ない匿れた理由が潜んでいる*。無論主観説はこの理由をば自分の積極的な根拠とはしない(それは実は不可能である、何となれば客観と共に主観と呼ぶことまでも吾々は否定したから)、恐らくそれは例えば空間表象が