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そまつなはなたば

粗末な花束

宮本 百合子

「新小説」1924(大正13)年10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 6,227 字 · 13 页

青空文庫

お定りのそこから、あちらに、自分がよけて通った一つのものを見渡すのだ。

一つのものというのは、珍しいものではない。遽しい通行人の波打つ帽子の水準から、一寸高く頂を擡げている一つの婦人帽である。その帽子は、他のどれものように、右側の流れに乗ってこちらの鋪道にも来なければ、左側の潮流に従って京橋の方へとも動かない。丁度、行く群集、来る群集が自ら作る境めの庭で、一二間の間を、前後左右に揉れて漂っているばかりだ。婦人帽の動くにつれ、微弱な、瞬間的な動揺が鋪道の人波の裡に起った。

私は、その或る時は派手な紅色の、或る時は黒い鍔広の婦人帽の下に、細面の、下品ではないが※れた、神経質なロシア婦人の顔があるのを知っていた。彼女の繊そりした指が、一束のグラフィックを持っていること、あの帽子が一揺れする毎に、彼女の唇には如何程強いた、嗄がれた微笑が掠めるかということ等、こちらに遠のいていても私によく解った。或る日、偶然彼女がつい近くの若い会社員らしい男にそのグラフィックを買ってくれと、覚つかない日本語で云っている顔を見た。私は彼女の微笑や無意識に表している嬌態から、何ともいえず心の滅入る感銘を受けた。