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りょくいのおんな
緑衣の女
松本 泰
「秘密探偵雑誌」1923(大正12)年7月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,168 字 · 25 页
彼女は泉原の不在の間に、銀行の貯金帳を攫って行方を晦まして了ったのである。泉原は女の不貞な仕打を憎んではいるけれども、そのような事になったのは彼女の虚栄からホンの出来心でやった事で、決して心から悪い女ではなかったと、今でも確く信じている。その後女はどうなったか、泉原はすこしも知らなかったが、彼が彼女を忘れ得ないように、女も何彼につけ、泉原を忘れ得ないであろう。それ程二人には深い様々な記憶があった。
泉原は四辺が全く暗くなる迄気がつかずに共同椅子に腰をかけていたが、フト我に返って立上った。彼はいつの間にか点された蒼白い街燈の下を過ぎて、低い空を赤く染出している賑かな町の方へ歩出した。
兵舎の傍から斜に大通りをはいってゆくと、じきにV停車場へ出た。下宿へ帰るには稍迂回であったが、停車場の構内をぬけて電車道へ出るところに、伊太利人の経営している安い喫茶店がある。そこで晩飯代りに一寸したものを口に入れてから帰ろうと思ったのである。
V停車場は乗降客でゴッタ返していた。酒場の前を過ぎて、時間表の掲げてある大時計のわきを通りかゝった時、泉原は群集の中に何ものかを見つけたと見えて、呻くような低い叫をあげてハタと足を停めた。