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うつくしいむら
美しい村
堀 辰雄
序曲「大阪朝日新聞」(「山からの手紙」の表題で。)1933(昭和8)年6月25日、美しい村「改造」1933(昭和8)年10月号、夏「文藝春秋」1933(昭和8)年10月号、暗い道「週刊朝日 第25巻第13号」1934(昭和9)年3月18日号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 42,946 字 · 84 页
支度をしている、もう一方の婦人の立てる皿の音が聞えて来る……彼女はふと十字を切ろうとするように手を動かしかけるが、それはほんの下描きで終ってしまう……彼女にだけは一種の言語をもっていそうな気のする「巨人の椅子」……そんな一方の老嬢のさまざまな姿だけは、私が実際にそれらを見て、そして無意識の裡にそれらを記憶していたのではないかと思えるくらい、まざまざと蘇って来るが、――もう一人の老嬢の方は、いつまでも皿の音ばかりさせていて、容易に私の物語の中には登場して来ようとはしない。私はどうしても彼女の俤を蘇らすことが出来ないのである。……
そんな或る午後、私のあてもなくさまよっていた眼ざしが、急に注意深くなって、私の丁度足許にある夕日のあたっている赤い屋根の上にとまった。何か黒い小さなものがその屋根の頂きからころころと転がって来ては、庇のところから急に小石のように墜落して行くのだった。しばらく間を置いては又それをやっている。私は何だろうと思って、眼を細くしながら見まもっていた。そうしてそれ等が二羽の小鳥であるのを認めた。それ等が交尾をしながら、庇のところまで一緒に転がって来ては、そこから墜落すると同時に、さあと二叉に飛びわかれているのだった。