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うつくしいむら

美しい村

堀 辰雄

序曲「大阪朝日新聞」(「山からの手紙」の表題で。)1933(昭和8)年6月25日、美しい村「改造」1933(昭和8)年10月号、夏「文藝春秋」1933(昭和8)年10月号、暗い道「週刊朝日 第25巻第13号」1934(昭和9)年3月18日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 42,946 字 · 84 页

青空文庫

私はさて、まぶしそうな眼つきで青空を見上げた。私は寝間着のまま一度庭のなかへ出てみたが、それから再び部屋に帰り、そしてフラノの散歩服に着換えながら、早朝の戸外へと出て行った。私は教会の前を曲って、その裏手の橡の林を突き抜けて行った。私はときどき青空を見上げた。いかにもまぶしそうに顔をしかめながら。

私が小さな美しい流れに沿うて歩き出すと、その径にずっと笹縁をつけている野苺にも、ちょっと人目につかないような花が一ぱい咲いていて、それが或る素晴らしいもののほんの小さな前奏曲だと言ったように、私を迎えた。私は例の木橋の上まで来かかると、どういう積りか自分でも分からずに二三度その上を行ったり来たりした。それから、漸っと、まるで足が地上につかないような歩調で、サナトリウムの裏手の生墻に沿うて行った。私は最初のいくつかの野薔薇の茂みを一種の困惑の中にうっかりと見過してしまったことに気がついた。それに気がついた時は、既に私は彼等の発散している、そして雨上りの湿った空気のために一ところに漂いながら散らばらないでいる異常な香りの中に包まれてしまっていた。私は彼等の白い小さな花を見るよりも先に、彼等の発散する香りの方を最初に知ってしまったのだ。