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うつくしいむら

美しい村

堀 辰雄

序曲「大阪朝日新聞」(「山からの手紙」の表題で。)1933(昭和8)年6月25日、美しい村「改造」1933(昭和8)年10月号、夏「文藝春秋」1933(昭和8)年10月号、暗い道「週刊朝日 第25巻第13号」1934(昭和9)年3月18日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 42,946 字 · 84 页

青空文庫

「画家さんなんですって……何んだか、あんまり何時までも見ていらっしゃるんで、私、厭になっちゃった……」

彼女はわざとらしく顔をしかめて見せた。それからすこし恐いような眼つきをして花畑の一部を見つめだした。熱心に絵を描こうとしているときの彼女が、こんな男のような、きびしい眼つきになるのを私はよく知っていたものだから、私はそれっきり黙っていた……。

そんな風に、私がちょっとでも彼女から離れている間に、私なしに、彼女がこの村で一人きりで知り出しているすべてのものが、私に漠として不安を与えるのだった。或る日、彼女は、昔は其処に水車場があったと私の教えた場所のほとりで、屡しば、背中から花籠を下ろして、松葉杖に靠れたまま汗を拭いている、跛の花売りを見かけることを私に話した。彼女の話すようなものをついぞ見かけたことのない私には、そんな跛の花売りのようなものと彼女が屡しば出会うことすら、自分でも可笑しいくらい、気になってならなかった。

※(アステリズム、1-12-94)

或る朝、私は私の窓から彼女が絵具箱をぶらさげて、裏の坂を昇ってゆくのを見送った後、そのまんまぼんやり窓にもたれていると、しばらくしてからその同じ坂を、花籠を背負い、小さな帽子をかぶった男が、ぴょこんぴょこんと跳ねるような恰好をして昇ってゆくのが