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うつくしきつきよ
美しき月夜
宮本 百合子
「中央公論」1919(大正8)年11月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,063 字 · 18 页
壊れかけた玩具も、磨かれた家具も、すべてが彼女の影を受けて始めて、活々として見えるようにさえ思われるのである。
そういうとき若い良人のWは、涙が出るほどの悦びを感じずにはいられなかった。しかし、その悦びは、決して今のようなものではない。何と云ったら好いだろう。ちょうど、仕合わせな、可愛がられる子供が、髪の毛を透して母親の慈愛に満ちた寵撫(パット)を受けるときのような心持である。その膝に靠(もた)れてそのまま眠ってしまいたいような信頼である。「我等の母」に対する尊敬ともいい得る感激なのである。
けれども!
Wは、半ば駭(おどろ)き、半ば歓喜の含羞(はにか)みで上気したような瞳を瞬きながら、自分の腕に倚って歩を運ぶマーガレットを眺めた。
そこには、いつもの見馴れたマージーの、主婦(ハウスワイフ)らしい地味な、取繕わないふうは、その影さえも止めていなかった。何か非常によきもの、美しきもの、それ等は、彼がかつて一度も彼女のうちに見出したことがないようにさえ思われるものが、今薄いラベンダーの着物に包まれて、半ば眼を瞑(つむ)るように閉じながら、足音も立てずに引添うて来るマーガレットの周囲に燦然(さんぜん)と耀いているのである。