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ろうば

老婆

小川 未明

「新天地」1908(明治41)年11月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 5,436 字 · 11 页

青空文庫

勿論長火鉢に相変らず火の気がなかった。身を切るように寒さが膚に浸みた。老婆は、痩せ細った手をきちんと膝の上に重ねている――この時私は老婆の向いている方向には、何かあるのでないかと思ったから、その方を見たが何もない。ただその方角は鬼門で歳破金神に当っていると思ったことと、暗いランプの光りに照されて隅の煤けた柱に頭の磨り切れた古箒が下っていた。私は婆さんが、あの箒を見ているのかと思った。

「どうも苦しくて死にそうでしたよ。」と唐突にいって、私は出来るだけ婆さんを驚かして、今少し複雑な情味ある話を聞きたいと思った。婆さんは、また罪のない(私にはそう見える)笑いをやって、

「へへへへへへへへ。」といって皺の寄った顔と凹んだ眼のあたりを枯れた血の気のない手で撫廻した。

「ひどい熱でした。死ぬかと思いました。」と極めて誇張して言って、何ういうか婆さんの返事が聞きたかった。けれど婆さんは少しも騒いだ様子も見せずにへへへへと笑って、たえず顔を撫で廻している。若しこの婆さんの笑いが毒々しい笑いで、面付が獰悪であったら私はこの時、憤怒して擲り飛したかも知れない。いくら怖しいといったって、たかが老耄た婆でないか。