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はだいろのつき

肌色の月

久生 十蘭

「婦人公論」中央公論社、1957(昭和32)年4~8月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 50,706 字 · 101 页

青空文庫

どこかで小鳥の翔の音がする。

壁煖炉の火格子の上に、冷えきった昨日の灰がうず高くなっている。湖畔の林の中にあるロッジの広間は、深い眠りについているように森閑としずまりかえり、煖炉棚の置時計の秒を刻む音だけが、ひびきのいい腰板にぶつかっては、神経的に耳もとに跳ねかえってくる。

宇野久美子は火の気のない煖炉の前の揺椅子に掛け、行きずりに一夜の宿をしてもらった礼をいってここを出ようと、大池の帰るのを待っていたが、そのうちに、そんなこともどうでもいいような気がしてきた。

天井の太い梁も、隅棚の和蘭の人形も、置時計も、花瓶も、木の間ごしにチラチラとうごく水明りも、眼にうつるものはすべて、もうなんの情緒もひき起さない。できれば今日中にでも自殺しようと決意している人間にとって、事実、それらは完全に絶縁された別の世界のものだった。

「これ以上、待ってやることはない」

そこだけ深い水の色を見せている青々とした湖心に、ひとの乗っていない空のボートが漂っているのを見たとき、久美子は「おや」と思ったが、モヤイが解けてボートがひとりで流れだしたのかも知れず、おどろくようなことでもなかった。