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はだいろのつき

肌色の月

久生 十蘭

「婦人公論」中央公論社、1957(昭和32)年4~8月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 50,706 字 · 101 页

青空文庫

石倉に首を絞められ、水藻のゆらぐ仄暗い湖水の深みで必死に藻掻きながら、死というものの顔を、まざまざとこの眼で眺めた恐怖と絶望の瞬間。

「ああ」

久美子は悚みあがり、われともなく鋭い叫声をあげた。

まさに絶えようとする時の流れ……必死に抵抗していたのは、一秒でも長く命をつなぎとめようという、ただそのための藻掻きだった。

死ぬことなんか、なんでもないと思っていたのは、なにもわかっていなかったからだ。あの辛さの十分の一でも想像することができたら、自殺しようなどという高慢なことは考えなかったろう。

「あたし助かったんだわ」

自分というものを、こんなにいとしいと思ったことがなかったような気がし、久美子は感動して眼を閉じた。

「気がつかれましたね」

隆は久美子の顔をのぞきこむようにしてから、仔細らしく脈を見た。

「もう大丈夫ですが、覚醒したら、臨床訊問をするといっていますから、念のためジガレンを打っておきましょう」

久美子は無言のまま、マジマジと隆の顔を見あげた。なぜか、ひどく寛大な気持になり、怨みも憎しみも感じない。湖底の活劇は、遠いむかしの出来事のようで、いっこうに心にひびいて来なかった。