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のうのなかのれいじん

脳の中の麗人

海野 十三

「日の出」1939(昭和14)年8月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,774 字 · 28 页

青空文庫

「えっ、それは駄目だ」と博士は目をむいていった。

「駄目です、駄目です。他人の女にかかりあってはいけない」

「本当に、そのYというのは、谷口さんの愛人なんですかね」

「そうです。それにちがいありません」

博士はひどくせきこんで、なるべく早く宮川を納得させようとしている。

このとき宮川はいった。

「博士。私はちかごろになって気がついたんですが、いろいろな記憶を失っているんです。どうも気持がわるくてなりません。博士、どうぞ教えてください。あの黄風荘というアパートにいた前、私はどこに住んでいたのでしょうか。どうか、その前住居を教えてください」

博士は、首を大きく左右にふって、

「ねえ宮川さん。あんたはつまらんことを気にしていけないですよ。脳の手術はもうすんだが、まだ養生期だということを忘れてはいけないです。もうすこし落付くと、きっと記憶は元のように戻ってきます。それまでは、辛かろうが、一つしんぼうするのですな」

矢部の愛人

宮川の生活は、それ以来さらに退屈を加えたようであった。

或る日、例の青年矢部が金をもらいにやってきたとき、彼はいつになく、手をとらんばかりにして矢部を室内に招じ入れた。