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おきつやごえもんのいしょ

興津弥五右衛門の遺書

森 鴎外

「中央公論」1912(大正元)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,046 字 · 14 页

青空文庫

明日切腹候場所は、古橋殿取計にて、船岡山の下に仮屋を建て、大徳寺門前より仮屋まで十八町の間、藁筵三千八百枚余を敷き詰め、仮屋の内には畳一枚を敷き、上に白布を覆い有之候由に候。いかにも晴がましく候て、心苦しく候えども、これまた主命なれば是非なく候。立会は御当代の御名代谷内蔵之允殿、御家老長岡与八郎殿、同半左衛門殿にて、大徳寺清巌実堂和尚も臨場せられ候。倅才右衛門も参るべく候。介錯はかねて乃美市郎兵衛勝嘉殿に頼みおき候。

某法名は孤峰不白と自選いたし候。身不肖ながら見苦しき最期も致すまじく存じおり候。

この遺書は倅才右衛門宛にいたしおき候えば、子々孫々相伝え、某が志を継ぎ、御当家に奉対、忠誠を擢ずべく候。

正保四年丁亥十二月朔日

興津弥五右衛門景吉華押

興津才右衛門殿

正保四年十二月二日、興津弥五右衛門景吉は高桐院の墓に詣でて、船岡山の麓に建てられた仮屋に入った。畳の上に進んで、手に短刀を取った。背後に立っている乃美市郎兵衛の方を振り向いて、「頼む」と声を掛けた。白無垢の上から腹を三文字に切った。乃美は項を一刀切ったが、少し切り足りなかった。