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おきつやごえもんのいしょ

興津弥五右衛門の遺書

森 鴎外

「中央公論」1912(大正元)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,046 字 · 14 页

青空文庫

享年八十四歳に候。

兄九郎兵衛一友は景一が嫡子にして、父につきて豊前へ参り、慶長十七年三斎公に召しいだされ、御次勤仰つけられ、後病気により外様勤と相成り候。妙解院殿の御代に至り、寛永十四年冬島原攻の御供いたし、翌十五年二月二十七日兼田弥一右衛門とともに、御当家攻口の一番乗と名告り、海に臨める城壁の上にて陣亡いたし候。法名を義心英立居士と申候。

某は文禄四(三)年景一が二男に生れ、幼名才助と申候。七歳の時父につきて豊前国小倉へ参り、慶長十七年十九歳にて三斎公に召しいだされ候。元和七年三斎公致仕遊ばされ候時、父も剃髪いたし候えば、某二十八歳にて弥五右衛門景吉と名告り、三斎公の御供いたし候て、豊前国興津に参り候。

寛永元年五月安南船長崎に到着候時、三斎公は御薙髪遊ばされ候てより三年目なりしが、御茶事に御用いなされ候珍らしき品買い求め候様仰含められ、相役横田清兵衛と両人にて、長崎へ出向き候。幸なる事には異なる伽羅の大木渡来いたしおり候。然るところその伽羅に本木と末木との二つありて、はるばる仙台より差下され候伊達権中納言殿の役人ぜひとも本木の方を取らんとし、某も同じ本木に望を掛け互にせり合い、次第に値段をつけ上げ候。