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おきつやごえもんのいしょ(しょこう)
興津弥五右衛門の遺書(初稿)
「中央公論」1912(大正元)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 4,491 字 · 9 页
某が刀は違棚の下なる刀掛に掛けあり、手近なる所には何物も無之故、折しも五月の事なれば、燕子花を活けありたる唐金の花瓶を掴みて受留め、飛びしざりて刀を取り、抜合せ、ただ一打に相役を討果たし候。
かくて某は即時に伽羅の本木を買取り、杵築へ持帰り候。伊達家の役人は是非なく末木を買取り、仙台へ持帰り候。某は香木を松向寺殿に参らせ、さて御願い申候は、主命大切と心得候ためとは申ながら、御役に立つべき侍一人討果たし候段、恐入り候えば、切腹仰附けられたしと申候。松向寺殿聞召され、某に仰せられ候は、その方が申条一々もっとも至極なり、たとい香木は貴からずとも、この方が求め参れと申つけたる珍品に相違なければ、大切と心得候事当然なり、総て功利の念をもて物を視候わば、世の中に尊き物は無くなるべし、ましてやその方が持帰り候伽羅は早速焚き試み候に、希代の名木なれば、「聞く度に珍らしければ郭公いつも初音の心地こそすれ」と申す古歌に本づき、銘を初音とつけたり、かほどの品を求め帰り候事天晴なり、ただし討たれ候侍の子孫遺恨を含みいては相成らずと仰せられ候。かくて直ちに相役の嫡子を召され、御前において盃を申つけられ、某は彼者と互に意趣を存ずまじき旨誓言致し候。