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まいひめ

舞姫

森 鴎外

「國民之友第六拾九號」民友社、1890(明治23)年1月3日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,190 字 · 33 页

青空文庫

余は彼が身のことにかかわりしを包み隠しぬれど、彼は余に向かいて母にはこれを秘めたまえと言いぬ。こは母の余が学資を失いしを知りて余を疎んぜんを恐れてなり。

ああ、委しくここに写さんも要なけれど、余が彼を愛づる心のにわかに強くなりて、ついに離れがたきなかとなりしはこの折なりき。わが一身の大事は前に横たわりて、まことに危急存亡の秋なるに、この行いありしをあやしみ、また誹る人もあるべけれど、余がエリスを愛する情は、始めて相見しときよりあさくはあらぬに、いまわが数奇を憐れみ、また別離を悲しみて伏し沈みたる面に、鬢の毛の解けてかかりたる、その美しき、いじらしき姿は、余が悲痛感慨の刺激によりて常ならずなりたる脳髄を射て、恍惚の間にここに及びしをいかにせん。

公使に約せし日も近づき、わが命はせまりぬ。このままにて郷にかえらば、学成らずして汚名を負いたる身の浮かぶ瀬あらじ。さればとて留まらんには、学資を得べき手だてなし。

このとき余を助けしは今わが同行の一人なる相沢謙吉なり。彼は東京に在りて、すでに天方伯の秘書官たりしが、余が免官の官報に出でしを見て、某新聞紙の編輯長に説きて、余を社の通信員となし、伯林に留まりて政治学芸のことなどを報道せしむることとなしつ。