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しきさいえいがのおもいで
色彩映画の思い出
中井 正一
「映画の友」1951(昭和26)年9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 2,123 字 · 5 页
私たちはその時、うちのめされていたのである。「まいった」という思いで三人は歩いていた。
アメリカの全映画機構が色彩映画に向って全面的な攻勢に転じているのに、一刻一刻おくれていく日本の映画界の現状をジリジリする思いで、私たちは見つめていた。
五人の者は、わずか五万円の出資のもとに前の二つの映画を完成し、一九三二年(昭和七年)十月九日(日曜)午前十時、大阪朝日会館において、同日午後一時半より京都日之出会館において、学者、映画人の前で発表会をおこなった。毎日新聞はこれを大きく取り扱って、美学映画の誕生と初号見だしで宣伝してくれたし、大阪行幸の時は安藤君は特別に陛下の前で御説明申しあげるなど、相当のセンセイションを起したのであった。
この映画は貴志君がドイツへ行く時に携え好評であったとのことだが、貴志君は帰国後、まもなく病いに倒れ、この映画の所在が今まったく不明となってしまった。
オルソクロマティック・フィルムとパンクロマティック・フィルムを重ねあわせて同時露出する方法のこの色彩映画が、何の後継者をももたずに亡び去ったことに、私たちはかぎりない感慨を今もなお懐いている。