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はなたばのむし

花束の虫

大阪 圭吉

「ぷろふいる」ぷろふいる社、1934(昭和9)年4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 17,893 字 · 36 页

青空文庫

そこで、僕は、夫人が虚偽の申立をしたのではないか、と言う、殆ど不可避的な疑惑にぶつかったものだ。同時にだ。逆に、この調子の強烈な、六ヶ敷そうな直介氏のダンスの相手として、曾て職業的なダンサーであったところの比露子夫人を想像するのは、これこそ、最も尋常で、簡単な、だが非常にハッキリした強い魅力のある推理ではないか。――ところが、茲に、僕の推理線の合理性を裏書して呉れる適確な証拠があるんだ。君は、昨晩あの別荘の食堂で、夕食後比露子夫人が何気なく満紅林檎の皮を剥いて僕達に出して呉れたのを見ていたろう。そして勿論君は、その時、あの兇行の現場で僕が下した『犯人は左利である』と言う推定を思い出しながら、熱心に夫人の手元を盗み視たに違いない。ところが、夫人は左利ではなかった。そこで君は恰も自分の過敏な注意力を寧ろ嫌悪する様ないやな顔をして鬱ぎ込んで了った。――だが、決して君の注意力は過敏ではなかったのだ。それどころか、まだまだ観察が不足だと僕は言いたい。若しもあの時、君がもう少し精密な洞察をしていたならば、屹度君は、驚くべき事実を発見したに違いないんだ。何故って、夫人は明かに右利で、何等の技巧的なわざとらしさもなく極めて自然に右手でナイフを使っていた。