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はなたばのむし
花束の虫
大阪 圭吉
「ぷろふいる」ぷろふいる社、1934(昭和9)年4月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 17,893 字 · 36 页
「帽子は冠っていましたか?」
大月が再び訊ねた。この問に対しては百姓は冠っていなかったと言い、夫人は良くは判らなかったが若し冠っていたとすればベレー帽だろう、と述べた。すると百姓が、
「や、今思い出しましたが、その時、殺されたこちらの旦那は、小型の黒いトランクを持っていられました」
「ほう。――」大月はそう言って夫人の方を見た。夫人は、そんなものを持って直介が散歩に出た筈はないし、又全然吾々の家庭には黒いトランクなどはない、と答えた。
「成程、では、貴方が二度目に二人を見られた時の事を話して下さい」
大月に促されて、再び証人は語り続けた。
「――左様で御座居ます。二度目に見ましたのはそれからほんの暫く後で御座居ましたが、急に家内の奴が海の方を指差しながら手前を呼びますので、何気なくそちらを見ると、雑木林の陰になってはっきりとは判らなかったので御座居ますが、こちらの奥さんも仰有った通り、梟山の崖ッ縁で、何でも、こう、水色の服を着た男がこちらの旦那に組付いて喧嘩してたかと思うと、間もなくあっさりと旦那を崖の下へ突墜して、それから一寸まごまごしてましたが、例の黒いトランクを持って雑木林の中へ逃げ込んで行きました。