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かしょく
花燭
1939(昭和14)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,501 字 · 38 页
坂井新介様。とみ。
助監督のSさんからも、このごろお噂うけたまわって居ります。男爵というニックネームなんですってね。おかしいわ。
男爵は、寝床の中でそれを読んだ。はじめ、まず、笑った。ひどく奇怪に感じたのである。とみも、都会のモダンガールみたいに、へんな言葉づかいの手紙を書く、ということが、異様にもの珍らしく、なかなか笑いがとまらなかった。けれども、ふっと、厳粛になってしまった。与えられることは、かたく拒否できても、ものをたのまれて決していやと言えないのは、この種類の人物の宿命である。男爵は、別紙の略図というものを見た。撮影所の在るまちの駅から、さらに二つ向うの駅で下車することになっていた。行かなければならない。男爵は、暗い気持ちになって、しぶしぶ起きた。きょうは、十六日、きょうこれからすぐ出かけて、かたづけてしまおうと思った。なまけものほど、気がかりの当座の用事を一刻も早く片附けてしまいたがるものらしい。
電車から降りて、見ると、これは撮影所のまちよりも、もっとひどい田舎だった。一望の麦畑、麦は五、六寸ほどに伸びて、やわらかい緑色が溶けるように、これはエメラルドグリンというやつだな、と無趣味の男爵は考えた。