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ちゃがゆのき

茶粥の記

矢田 津世子

「改造」1941(昭和16)年2月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 14,568 字 · 30 页

青空文庫

長年硬筆を使っていたため右手の中指にはコチコチのたこが出来ていて、そこだけ墨汁が染みこみ黒ずんで、風呂に入ってもどうしても落ちなかった。

良人は区役所の戸籍係りだった。二十七の齢から勤めはじめて一年ほど清掃係りをしていたが、今年四十一歳で亡くなるまで戸籍係りを動かなかった。郷里の師範学校を出るとすぐに一日市の小学校に奉職したのだったが、文検を志して、やがて一家をあげて出京したのだった。夜間大学の高等師範科に通うかたわら、ほんの腰掛けのつもりで勤めはじめた区役所が、とうとう本坐りになってしまった。文検のほうは、いつからか諦めていた。

良人の係りは書くことが仕事だったし、混む日など楽しみな昼食もそこそこに切り上げて書きづめだった。右上りの、力を入れて書くのが癖だったので、慣れないうちはよくガラスペンを折った。墨汁の染みた海綿にペンを引っかけて容れ物を落したり、粗忽な良人はよく失敗をした。たびたびのことなので用度係りへ請求するのに気兼ねして、しまいには家から持ち出した化粧クリームの空瓶を海綿入れにしていた。事変になってからは事務が殊のほか輻輳して、どの係りも追い立てられるような忙しさだった。