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「そうしあらい」をかいて

「草紙洗」を描いて

上村 松園

「大毎美術 第十六巻第十一号」1937(昭和12)年11月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 1,360 字 · 3 页

青空文庫

殊にごみごみした現代などでは、劃然と飛びはなれた夢幻の境地であり、また現実の境地でもあります。騒音雑然、人事百端とも申すべき俗世界の世の中から、足一たびこの能楽の境域にはいりますと、そこには幽雅な楽器が、わたくしたちの耳塵を払って鳴り響き、典麗高華な色彩や姿態が、鷹揚に微妙に動作いたします。それを見聴きしていますと、現つ世には見も及ばず聴きもなれざる遠い昔の歴史の世界――全く恍惚の境に引きいれられまして、わたくしどもは、それが夢であるのか、現であるのか別ちのつかない場面に魂を彷彿とさせます。

沈麗高古な衣裳のうごき、ゆるやかな線の姿態の動き、こんな世界が、ほんとうに昔のある場面を彩どったであろうように、静寂な感覚の上に顕現してまいります。この微妙な感覚は、口舌で説きえるほど浅いものではありません。

○

面は喜怒哀楽を越えた無表情なものですが、それがもし名匠の手に成ったものであり、それを着けている人が名人であったら、面は立派に喜怒哀楽の情を表わします。わたくしは曽て金剛巌師の“草紙洗”を見まして、ふかくその至妙の芸術に感動いたしたものですから、こんど、それを描いてみたのでした。