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かつしかみやげ

荷風随筆集(上)

永井 荷風

永井荷風『荷風随筆集(上)』。同一底本的分册已合并为一书。收入:葛飾土産、鐘の声、銀座、里の今昔、寺じまの記、伝通院、夏の町、日和下駄、深川の散歩、放水路、水のながれ、向嶋、向島、元八まん、霊廟。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 133,224 字 · 269 页

青空文庫

そして或日曜日の午後、紐育中央公園のベンチで新聞を読んでいた時、わたくしの顔を見て、立止ると共にわたくしの名を呼んだ紳士があった。誰あろう。幾年か前浅草橋場の岸の桟橋で釣をしていたその人である。少年の頃の回想はその時いかに我々を幸福にしたか知れない。

橋場辺の岸から向岸を見ると、帝国大学のペンキに塗られた艇庫が立っていて、毎年堤の花の咲く頃、学生の競漕が行われて、艇庫の上のみならず、そのあたり一帯が競漕を見にくる人で賑かになる。堤の上に名物言問団子を売る店があり、堤の桜の由来を記した高い石碑が立っていたのも、その辺であったと思う。団子屋の前を歩み過ぎて、堤から右手へ降りて行くと静かな人家の散在している町へ出る。

西洋から帰って来てまだ間もない頃のことである。以前日本にいた頃、柳橋で親しくなった女から、わたくしは突然手紙を貰い、番地を尋ねて行くと、昔から妾宅なぞの多くある堤下の静な町である。

その頃はやっと三十を越すか越さない身の上の事。すぐさま女をさそい出して浅草公園へ夕飯をたべに行った。女は暫くして曳舟通へ引移ったが、いずれにしても山の手から下町へ出て隅田の水を渡って逢いに行くのがいかにも詩のように美しく思われた。