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たでくうむし
蓼喰う虫
谷崎 潤一郎
「大阪毎日新聞 夕刊」1928(昭和3)年12月3日~1929(昭和4)6月17日<br>「東京日日新聞 夕刊」1928(昭和3)年12月3日~1929(昭和4)6月18日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 110,066 字 · 216 页
と云った。―――
一、美佐子は当分世間的には要の妻であるべきこと。
一、同様に阿曽は、当分世間的には彼女の友人であるべきこと。
一、世間的に疑いを招かない範囲で、彼女が阿曽を愛することは精神的にも肉体的にも自由であること。
一、斯くして一二年の経過を見、愛し合う二人が夫婦になってうまく行きそうな見込みがつけば、要が主となって彼女の実家の諒解を得るようにし、世間的にも彼女を阿曽に譲ること。
一、それ故ここ一二年の間を彼女と阿曽の愛の試験時代とする。もしその試験が失敗し、両者のあいだに性格の齟齬が発見され、結婚しても到底円満に行かないことが認められたら、彼女はやはり従来の通り要の家にとどまること。
一、幸いにして試験の結果が成功し、二人が結婚した場合には、要は二人の友人として長く交際をつづけること。
彼はそれを云い終ったとき、妻の顔色がちょうどその朝の空のようにかがやきに充ちて来るのを見た。彼女は一と言「有りがとう」と云った。その眼瞼からはぽたりと嬉し涙が落ちた。ほんとうにそれは何年ぶりかで心の底からわだかまりが取れ、始めてほっと天日を仰いだと云う風であった。妻のよろこびを知った夫も同じように胸のつかえが下った気がした。