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たでくうむし
蓼喰う虫
谷崎 潤一郎
「大阪毎日新聞 夕刊」1928(昭和3)年12月3日~1929(昭和4)6月17日<br>「東京日日新聞 夕刊」1928(昭和3)年12月3日~1929(昭和4)6月18日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 110,066 字 · 216 页
―――ほれ、『宿屋』の次が大井川の川留めで、あれから深雪が川を渡って、駒沢のあとを追いながら東海道を下るんだよ」
「道行きの相手はいないんですか」
「いや、それがほら、川留めの所へ国もとから駈け付けて来る何助とか云う若党があったね、―――」
「関助どすやろ」
もう一度鏡がきらりと光って、癖直しの湯を入れた金盥を片手に、お久は立って廊下へ出た。
「そうそう関助、―――あれが附いて行くことになる、つまり主従の道行きだな」
「もうその時は深雪は盲目じゃあないんですね」
「眼があいちまって、もとの侍の娘になって、綺麗ななりをして行くんでね。千本桜の道行きに似ているちょっと花やかないいもんだよ」
芝居はこの町はずれの空地に小屋がけを拵えて、そこで朝の十時ごろから晩の十一時、―――どうかすると十二時過ぎまでやっている。とても初めから御覧になるのは大変だから、日の暮れからがちょうどよろしゅうございますと宿の番頭がそう云うのを、いいえ、わたしはこれが目的で来たんだから、朝御飯をすましたら直きに出かけます、お昼と晩はこの重箱に用意して貰いましょうと、それを楽しみの一つにしている老人は例の蒔絵の弁当箱を預けて、幕の内に、玉子焼に、あなごに、牛蒡に、何々の煮しめに、………と、おかずの注文までやかましく云って、それが出来て来ると、