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たでくうむし

蓼喰う虫

谷崎 潤一郎

「大阪毎日新聞 夕刊」1928(昭和3)年12月3日~1929(昭和4)6月17日<br>「東京日日新聞 夕刊」1928(昭和3)年12月3日~1929(昭和4)6月18日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 110,066 字 · 216 页

青空文庫

「何処ぞここら辺に蕨やつくしの生えてるとこおすやろか」

「さあ、この辺は知らないが、鹿ヶ谷の近所の山にいくらだってあるでしょう」

「へえ、へえ、たあんと生えてます。先月は八瀬の方まで摘みに行て、蕗のとうを仰山採って帰りました」

「蕗のとうを?」

「へえ、―――蕗のとうがたべたいお云やすけど、京都では市場へ行たかておへん、だあれもあの苦いもんようたべる人おへんよって」

「東京だってみんながみんな食べる訳じゃあありませんがね。―――それでわざわざそいつを摘みに行ったんですか」

「へえ、これぐらいの籠に一杯、―――」

「摘み草もいいが、田舎の町をぶらぶら歩くのも悪くないですな」

青空の下を真っすぐ伸びている一とすじ路の町通りは、往来の人影が先の先まで数えられるほど朗らかに、たまにすれちがう自転車のベルの音さえのどかである。別に特長のある町ではないが、関西は何処へ行っても壁の色がうつくしい。老人の説だと、関東は横なぐりの風雨が強いので、家の外側はみな板がこいの下見にする。しかもその板がどんな上等な木を使っても直きに黒くよごれてしまうから全体が非常にきたない。トタン屋根にバラックの今の東京は論外として、近県の小都会など、古ければ古いなりに一種のさびが附く筈であるのに、ただもうすすけて陰気なばかりだ。