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たでくうむし

蓼喰う虫

谷崎 潤一郎

「大阪毎日新聞 夕刊」1928(昭和3)年12月3日~1929(昭和4)6月17日<br>「東京日日新聞 夕刊」1928(昭和3)年12月3日~1929(昭和4)6月18日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 110,066 字 · 216 页

青空文庫

とか「泣いて明石の風待ち」とかいう文句に聞き覚えはあるけれど、その螢狩りや舟別れやこの浜松の小屋の段やを見るのは初めてであった。しかしこの物語は時代物のようであって、時代物に特有な不自然に入り組んだ筋や、残酷な武士道の義理責めなどが少くって、世話物のように素直に明るく、軽い滑稽味さえも加えてすらすらと運んであるのがいい。いつ頃を背景にしたものか、ほんとうにあった事柄かどうか、駒沢と云うのは熊沢蕃山をモデルにしたのだと云うような話を聞いたこともあるが、なんだか徳川時代よりも一と時代前の戦国か室町ごろの物語を読むような所がある。男が女に催馬楽を贈ったり、女がそれを琴で唄ったり、浅香と云う乳母がお姫様のあとを追って苦労をしたりするのなぞは、平安朝のようでもある。それでいて実際に遠いかというのに、一方では可なり通俗味もあり写実味もあって、現にこの場へ出る浅香の順礼姿と云い、彼女のとなえる御詠歌といい、この辺の人には極めてしたしみ深いもので、今でも浅香のような姿であの歌を唄いながら行く女を往々町で見かけることが珍しくないのを思えば、関東の人が浄瑠璃劇を見るのと違って、西国の人は案外自分の身辺に近い事実のように感ずるのであろう。