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たでくうむし
蓼喰う虫
谷崎 潤一郎
「大阪毎日新聞 夕刊」1928(昭和3)年12月3日~1929(昭和4)6月17日<br>「東京日日新聞 夕刊」1928(昭和3)年12月3日~1929(昭和4)6月18日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 110,066 字 · 216 页
「泣いている?」
「へえ、ゆうべ国もとから弟が死んだと云う電報が這入ったもんですから、すっかり力を落しちまって、―――可哀そうに、今日は朝から好きな酒も飲みゃあしません。何とか云ってやって下さい」
「今日は」
と、要は彼女のうしろに寄って声をかけた。
「どうしたの? マダム。弟が死んだと云うじゃないか」
庭には紫の花をつけた大きな栴檀の樹があって、その樹の蔭のじめじめしたところに、雑草と交って薄荷が沢山生えていた。羊の料理を拵えたりポンチ酒を作ったりする時にその葉を使うのだからと云って、蔓るままにしてあるのだが、白いジョウゼットのハンケチを顔にあてながら黙って地べたを視つめている彼女は、薄荷の匂いがしみたかのように眼のふちを赤くしていた。
「ねえ、マダム、………たいへんあなたを気の毒に思います」
「有りがとう」
幾重かの深い皺に囲まれた、皮のたるんだ眼の中から涙が光の点線になってきらきらと落ちた。西洋の女は泣き虫だと云うことを聞いていたものの、こんなところを見るのは初めての要は、悲しい歌のしらべでも耳に馴れない外国のものはその悲しさが異様に強く感ぜられるのと同じように、妙にしみじみと哀れさがこたえた。