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たでくうむし
蓼喰う虫
谷崎 潤一郎
「大阪毎日新聞 夕刊」1928(昭和3)年12月3日~1929(昭和4)6月17日<br>「東京日日新聞 夕刊」1928(昭和3)年12月3日~1929(昭和4)6月18日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 110,066 字 · 216 页
一人の女がいつしか彼女の過去にまつわる因縁を離脱してしまったこと、―――彼にはそれが悲しいので、その心持は未練と云うのとは違うかも知れない。そうだとすれば苦に病んでいた最後の峠は気が付かないうちに通り越してしまったのかも知れない。………
「高夏は何と云って来たんだ」
「近々にまた大阪に用があるんだけれど、此方が何とか極まるまでは行きたくない、行っても御宅へは伺わないで帰るって、………」
「別に意見は云って来ないのか」
「ええ、………それからあの、………」
美佐子は縁側に坐布団を敷いて一方の手で足の小指の股を割りながら、煙草を持った方を延ばして皐月の咲いている庭の面へ灰を落した。
「………あなたには内証にして置いてもよし、云うなら云っても構わないって書いてあるんだけれど、………」
「ふん?」
「実は自分の独断で、弘には話してしまったって云うの」
「高夏がかい?」
「ええ、………」
「いつのことなんだ」
「春の休みに一緒に東京へ行ったでしょう、あの時に」
「何だって又余計なことをしゃべったんだろう」
わざわざ京都の老人にまで知らせてやった今になっても、まだ子供には云いそびれつつ過していた要は、さてはそうだったのかと思うと、それを今日まで鵜の毛ほども感づかれないようにしていた幼い者の心づかいが、いじらしくも不憫でもある一方、あまりのこと