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たでくうむし
蓼喰う虫
谷崎 潤一郎
「大阪毎日新聞 夕刊」1928(昭和3)年12月3日~1929(昭和4)6月17日<br>「東京日日新聞 夕刊」1928(昭和3)年12月3日~1929(昭和4)6月18日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 110,066 字 · 216 页
要は寝ころびながら今更のようにそれらの柱の光沢を見、八重山吹の花が垂れている床の間の春日卓を見、閾の向うに、戸外のあかりを水のように映している縁側の板を見た。妻がこのごろのあわただしさの中にありながらなおときどきは四季の風情を座敷に添える心づかいを忘れないのは、いくらか惰勢で繰り返しているのだとしても、やがてこの部屋にあの花までがなくなってしまう日を想うと、名ばかりの夫婦と云うものにも、朝夕眼に沁みる柱の色と同じようななつかしさがある。………
「お小夜、タオルを熱くして絞って来てくれ」
と、要は立って女中部屋の方へ聞えるように云った。そしてその場でセルの単衣の両肌を脱いで、汗ばんだ背中をきゅッきゅッと擦って、出しなに妻が揃えておいた背広服に着かえてから、着物と一緒にふところから落ちた京都の老人からの手紙を拾って上衣の内隠しへ収めた。が、紙入れの中を見たがったり、「これは芸者から来たんじゃないの」などとポッケットの物を引ったくるルイズの癖を思い出して、鏡台の抽出しの、底に敷いてある新聞紙の下へ入れようとすると、何かががさがさと手に触った。美佐子がそこへ高夏の手紙を挿し込んで置いたのである。