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たでくうむし

蓼喰う虫

谷崎 潤一郎

「大阪毎日新聞 夕刊」1928(昭和3)年12月3日~1929(昭和4)6月17日<br>「東京日日新聞 夕刊」1928(昭和3)年12月3日~1929(昭和4)6月18日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 110,066 字 · 216 页

青空文庫

と見える、―――着附と云い、姿勢と云い、そう云う爺臭い風をするのがこの老人の好みであって、「老人は老人らしく」と云うのを口癖のようにしているのである。思うにこの羽織の色合いなども「五十を過ぎたら派手なものを着る方が却ってふけて見える」と云う信条を、実行しているつもりなのであろう。要が常に滑稽に感じるのは、「老人々々」と云うもののこの父親はまだそれほどの歳ではない、二十五とかに結婚して、今は亡くなったその連れ合いが長女の美佐子を生んだとすると、恐らく五十五六より取ってはいない筈である。父の性慾はまだ変形していないと云う美佐子の観察はそれを裏書きするもので、「お前のお父さんの老人ぶるのは、あれは一つの趣味なんだよ」と、彼もかねがね云っているのである。

「奥様、おみあが痛いことおへんか? どうぞ此方へお出しやして、………」

気のいいお久は窮屈な升の中でまめまめしく茶を入れたり、菓子をすすめたり、何を云っても振り向きもしない美佐子を相手にときどき話しかけたりして、その合い間には、うしろへ右の腕を伸ばして煙草盆の角に載せられた杯のふちへ手をかけている老人に、なくなる頃を見はからってはそうっと酒を注いでやっている。