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たでくうむし
蓼喰う虫
谷崎 潤一郎
「大阪毎日新聞 夕刊」1928(昭和3)年12月3日~1929(昭和4)6月17日<br>「東京日日新聞 夕刊」1928(昭和3)年12月3日~1929(昭和4)6月18日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 110,066 字 · 216 页
「甘子がなかなか結構です。………ところでこの頃は地唄はどうです?」
「あんなもん、しんき臭おしてなあ。………」
「この頃はやっていないんですか」
「してることはしてますけど、………奥様は長唄どすやろ」
「さあ、長唄なんかとうに卒業しちまって、ジャズ音楽の方かも知れない」
春慶塗の膳の上に来る蛾を追いながらお久があおいでいてくれる団扇の風を浴衣に受けて、要は吸い物椀の中に浮いているほのかな早松茸の匂いを嗅いだ。庭の面は全く暗くなりきって、雨蛙の啼くのが前よりも繁く、かしがましく聞える。
「あたしも長唄けいこしてみとおす」
「そんな不料簡を起すと、叱られますぜ。お久さんのような人には地唄の方がどのくらいいいか知れやしません」
「そら、地唄習うのもよろしおすけど、お師匠はんがやかましおして」
「たしか大阪の、何とか云う検校さんじゃあなかったんですか」
「へえ、―――それよりも内のお師匠はんの方がなあ、………」
「あははは」
「かなしまへんどす、講釈ばっかり多おして、………」
「あははは、………年を取ると誰しもみんなああなるんですよ。そう云えばさっき風呂場にあったんで思い出したんだが、相変らず糠袋を使うんですね」