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たでくうむし
蓼喰う虫
谷崎 潤一郎
「大阪毎日新聞 夕刊」1928(昭和3)年12月3日~1929(昭和4)6月17日<br>「東京日日新聞 夕刊」1928(昭和3)年12月3日~1929(昭和4)6月18日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 110,066 字 · 216 页
それでも仏教を背景にしていた中古のものや能楽などには古典的ないかめしさに伴う崇高な感じがないでもないが、徳川時代に降って来て仏教の影響を離れれば離れるほど、だんだん低調になるばかりである。西鶴や近松の描く女性は、いじらしく、やさしく、男の膝に泣きくずおれる女であっても、男の方から膝を屈して仰ぎ視るような女ではない。だから要は歌舞伎芝居を見るよりも、ロス・アンジェルスで拵えるフイルムの方が好きであった。絶えず新しい女性の美を創造し、女性に媚びることばかりを考えているアメリカの絵の世界の方が、俗悪ながら彼の夢に近かった。そして嫌いなものの中でも、東京の芝居や音曲にはさすが江戸人のきびきびとしたスマートな気風が出ているのに、義太夫は飽くまで太々しく徳川時代趣味に執着しているところが、到底傍へも寄りつけないように思えたのであった。
それが今日はどう云う訳か最初に舞台を見入った時からそう反感を起すでもなく、自然にすらすらと浄曲の世界へいざなわれて、あの重苦しい三絃の音までがいつとはなしに心のうちへ食い入って行くようなのである。そして落ち着いて味わって見ると、彼のきらいな町人社会の痴情の中にも日頃のあこがれを満たすに足るものがないでもない。