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たでくうむし

蓼喰う虫

谷崎 潤一郎

「大阪毎日新聞 夕刊」1928(昭和3)年12月3日~1929(昭和4)6月17日<br>「東京日日新聞 夕刊」1928(昭和3)年12月3日~1929(昭和4)6月18日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 110,066 字 · 216 页

青空文庫

東京へ連れて行くと云う話は、偶然ここで持ち上ったに過ぎないのであるが、それを弘はそう取らないで、あらかじめ諜し合わせておかれたように感じているのに違いなかった。ほんとうに自分を喜ばしてくれるためなら、無論行きたくないことはない。が、東京から帰る汽車の中でこの小父さんが何を云い出すかも知れない。「弘君、今日帰ってももうお母さんは家にいないのだよ。小父さんは君にそのことを話すようにお父さんから頼まれて来たのだ。………」と、そう云われるのじゃないかしらん?―――何だかそれが恐ろしくもあり、と云ってあまり子供らしい馬鹿げた想像のようでもあり、大人の心を測りかねて妙にうじうじしているのであった。

「小父さんはどうしても東京へいらっしゃる用があるんですか?」

「なぜ?」

「用がなかったら、家にいつまでも泊まっていらっしゃるといいんだがなあ。その方がみんなが面白いじゃありませんか、お父さんだってお母さんだって」

「家の方にはリンディーがいるからいいじゃないか。お父さんとお母さんは毎日喉を撫でているとさ」

「リンディーじゃあ口をきかないから駄目だあ。ねえ、リンディー、リンディー! お前には小父さんの代りは出来ないねえ」