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そばのはなのころ

蕎麦の花の頃

李 孝石

「文学案内」1937(昭和12)年2月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,494 字 · 16 页

青空文庫

……愉しい怖え夜じゃった。

――堤川とかへずらかったなあ。あくる日だっただな。

――次の市日に行った時にゃ、もう一家はどろんを極めていなくなっただよ。まちは大変な噂で、きっと酒屋へ売られるにきまってると、娘は皆から惜しまれてただ。幾度も堤川の市場をうろついてはみただが、女の姿はさらに見当らねえ、縁の結ばれた夜が、縁の切れ目だっただ。それからというもの蓬坪が好きんなって、半生の間通い続けさ。一生忘れっこはねえ。

――果報者だよ。そねえにうめえ話って、ざらにあるものじゃねえ。大抵つまらねえ女と否応なし一緒んなって、餓鬼共ふやして、考えただけでうんざりする。……だがいつまでも市廻りでくらすのも豪うてな、俺あこの秋までで一先ずきりあげ、どこかへ落着こうかと思うだよ。家のもの共呼び寄せ、小さな店をもつだ。道中はもうこりごりだでな。

――昔の女でも見付け出しゃ、一緒にもなろうが。……儂あ、へたばるまで、この道てくってこの月眺めるだよ。

山腹を過ぎ、道も展けて来たので、殿の童伊も前へ寄って出た。驢馬は横に一列をつくった。

――お前も若えじゃで、うまうやりおるべえ。