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あざみ

薊

山本 周五郎

「小説新潮」新潮社、1959(昭和34)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,800 字 · 32 页

青空文庫

恥ずかしい、堪忍して下さいと云って、おうたは痛いほど彼を抱き緊めた。

くぬぎ林で百舌鳥の鳴き叫ぶ声がし、銕太郎は振返った。

「この本」と弟の佐久馬が云った、「貰っていっていいですか」

「どの本だ」

「この好色本です、読まないんでしょう」

「好色本だって」

「中川書林のやつですよ」

「ああ」と銕太郎は云った、「おれは読まないが、返さなければならないだろう」

「そんな必要があるもんですか、こういう本はたいてい、書肆から上顧客へ謝礼に贈るものですよ」と佐久馬は云った、「しかし、こういうものに興味がないというところに、兄さんの弱点があるかもしれませんね」

銕太郎は妻のほうを見た。

「そうよ、そこにお気がつかないのよ」とゆきをは云った、「そういう本さえお読みになれない御性分だから、女の気持などもおわかりにならないんです」

「おまえは読むか」

「わたくしのことではありません、あなたのことを申上げているんです」

銕太郎は眼をそらした。いや、あれはそんなことは云わなかった。少なくとも、そういう言葉ではなかった。

おうたとああなったあと、おれは二つの問題が頭からはなれなくなった。妻とおうたとの違い、あまりに大きい感覚的な差と、岡野の暗示した言葉、多くの娘たちがゆきをのために傷ついた、という言葉の意味。