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やくぜんやくご
薬前薬後
岡本 綺堂
「東京」1925(大正14)9月号、「時事新報」1926(大正15)年8月19~22日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 6,091 字 · 12 页
。蚊喰い鳥という異名の通り、かれらは蚊を追っているのであろう。それをまた追いながら、子供たちは口々に叫ぶのである。
「こうもり、こうもり、山椒食わしょ。」
前の雁とは違って、これは手のとどきそうな低いところを舞いあるいているから、何とかして捕えようというのが人情で、ある者は竹竿を持ち出して来るが、相手はひらひらと軽く飛び去って、容易に打ち落とすことは出来ない。蝙蝠を捕えるには泥草鞋を投げるがよいということになっているので、往来に落ちている草鞋や馬の沓を拾って来て、「こうもり来い」と呼びながら投げ付ける。うまく中って地に落ちて来ることもあるが、またすぐに飛び揚がってしまって、十に一つも子供たちの手には捕えられない。たとい捕え得たところでどうなるものでもないのであるが、それでも夢中になって追いあるく。
その泥草鞋があやまって往来の人に打ちあたる場合は少くない。白地の帷子を着た紳士の胸や、白粉をつけた娘の横面などへ泥草鞋がぽんと飛んで行っても、相手が子供であるから腹も立てない。今日ならば明かに交通妨害として、警官に叱られるところであろうが、昔のいわゆるお巡りさんは別にそれを咎めなかったので、わたしたちは泥草鞋をふりまわして夏のゆうぐれの町を騒がしてあるいた。