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とうじゅうろうのこい
藤十郎の恋・恩讐の彼方に
菊池 寛
菊池寛『藤十郎の恋・恩讐の彼方に』。同一底本的分册已合并为一书。收入:藤十郎の恋、ある恋の話、入れ札。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 37,146 字 · 74 页
皆は、緊張のために、眼を輝かした。過半数のものは諦めていたが、それでも銘々、うぬぼれは持っていた。壺皿を見詰めるような目付で、喜蔵の手許を睨んでいた。
「あさ、ああ浅太郎の事だな、浅太郎一枚!」
そう叫んで喜蔵は、一枚、札を別に置いた。
「浅太郎二枚!」彼は続いてそう叫んだ。
又、浅太郎が出たのである。浅太郎が、この二三年忠次の信任を得て、影の形に付き従うように、忠次が彼を身辺から放さなかったことは、乾児の者が皆よく知っていた。浅太郎の声がつづくと、忠次の浅黒い顔に、ニッと微笑が浮んだ。
「喜蔵が一枚!」
喜蔵は、自分の名が出たのを、嬉しそうに、ニコリと笑いながら叫んで、
「嘘じゃねえぞ!」と、付け足しながら、その紙を右の手で高く上げて差し示した。
「その次ぎが又、喜蔵だ!」
喜蔵は得意げに、又紙札を高く差上げた。
「嘉助が一枚!」
第三の名前が出た。忠次は、心の中で、私に選んでいる三人が、入札の表に現われて来るのが、嬉しかった。乾児達が自分の心持を、察していてくれるのが嬉しかった。
「何だ! くろすけ。九郎助だな。九郎助が一枚!」
喜蔵は、声高く叫んだ。九郎助は、顔から火が出るように思った。