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やぶおとし

藪落し

山本 周五郎

「アサヒグラフ」1935(昭和10)年2月17日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,118 字 · 14 页

青空文庫

――人々はそこを藪落しと呼び、いつのころからか伝説さえ生まれて、魔の棲むところというふうにまで忌まれ、どんな向う見ずの猟師もそこへは近寄らなかった。

勘三郎が性も懲りもなく山入りをするので、藪落しの魔が裕吉をひいたのである。

人々はそう云い合った。そして裕吉をさがすことは断念した。

それから長い年が過ぎた。この期間にはべつにしるすことはない、勘三郎は叔父の家にいてよく働いた、ときによると二三日山へ入ったまま帰らぬこともあるが、そのあとでは忘れたようにせっせと野良を稼いだ。後添をもらうようにすすめる者もあったが、いつも勘三郎が気乗りをみせないので、多吉も強いて押付ける気にならず、その代りには山入りをしたときもべつに怒らずに放っておいた。

勘三郎が五十一の年、多吉は喜の字の祝を済ませて死んだ、多吉は死ぬときに、自分が与石の家から持ってきた田地の二町歩を勘三郎へ与えて逝ったが、その後べつに名を書換えるでもなく、ずるずるに多吉の長男のもののまま終ってしまった。

同じような生活がそれから何年も続いた、そしてまたしても勘三郎の山入りが始まったのである、その数年前から、彼の体はぐっと弱っていた、耳も遠くなっていたし、眼もかすみはじめ、足痛風を患って右足が硬直したっきりになった。