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きょこうのはる

虚構の春

太宰 治

「文学界」1936(昭和11)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 54,586 字 · 108 页

青空文庫

ね。うまいもんでしょう?(何を言ってやがる。はじめから何も聞いてやしない。)私に油断してはいけません。私は貴方の右足の小指の、黒い片端爪さえ知っているのですよ。この五葉の切りぬきを、貴方は、こっそり赤い文箱に仕舞い込みました。どうです。いやいや、無理して破ってはいけません。私を知っていますか? 知る筈は、ない。私は二十九歳の医者です。ネオ・ボンタージンの発明者、しかも永遠の文学青年、白石国太郎先生でありますぞ。(われながら、ちっともおかしくない。笑わせるのは、むずかしいものですね。)白石国太郎は冗談ですが、いつでもおいで下さい。私は、ばかのように見えながら、実社会においては、なかなかのやり手なんだそうです。お手紙くだされば、私の力で出来る範囲内でベストをつくします。貴方は、もっともっと才能を誇ってよろし。芝区赤羽町一番地、白石生。太宰治大先生。或る種の実感を以って、『大先生』と一点不自然でなく、お呼びできます。大先生とは、むかしは、ばかの異名だったそうですが、いまは、そんなことがない様で、何よりと愚考いたします。」

「治兄。兄の評判大いによろしい。