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きょこうのはる
虚構の春
「文学界」1936(昭和11)年7月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 54,586 字 · 108 页
(一行あき。)誓って言う。私は、私ひとりのために行動したことはなかった。(一行あき。)このごろ、あなたの少しばかりの異風が、ゆがめられたポンチ画が、たいへん珍重されているということを、寂しいとは思いませんか。親友からの便りである。私はその一葉のはがきを読み、海を見に出かけた。途中、麦が一寸ほど伸びている麦畑の傍にさしかかり、突然、ぐしゃっと涙が鼻にからまって来て、それから声を放って泣いた。泣き泣き歩きながら私をわかって呉れている人も在るのだと思った。生きていてよかった。私を忘れないで下さい。私は、あなたを忘れていた。(一行あき。)その未見の親友の、純粋なるくやしさが、そのまま私の血管にも移入された。私は家へかえって、原稿用紙をひろげた。『私は無頼の徒ではない。』(一行あき。)具体的に言って呉れ。私は、どんな迷惑をおかけしたか。(一行あき。)私は借銭をかえさなかったことはない。私は、ゆえなく人の饗応を受けたことはない。私は約束を破ったことはない。私は、ひとの女と私語を交えたことはない。私は友の陰口を言ったことさえない。(一行あき。)昨夜、床の中で、じっとして居ると、四方の壁から、ひそひそ話声がもれて来る。