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きょこうのはる

虚構の春

太宰 治

「文学界」1936(昭和11)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 54,586 字 · 108 页

青空文庫

――よく、つかまらなかったね。

――ばかだから、つかまるのです。また、つかまっても、一週間やそこらで助かる手もあるのです。そのうちに私、スパイだと言われたり何かして、いやになって、仲間から、逃げることだけ考えていました。そのころは、毎夜、帝国ホテルにとまっていました。やはり作家、海野三千雄の名前で。名刺もつくらせ、それからホテルの海野先生へ、ゲンコウタノムの電報、速達、電話、すべて私自身で発して居りました。

――不愉快なことをしたものだね。

――厳粛なるべき生活を、茶化して、もてあそびものにしているのが、不愉快なのでしょう。ごもっともでございますが、当時、そんなことでもしなければ、私、おそらくは三十種類以上の原因で、自殺してしまっています。

――でも、そのときだって、やっぱり、情死おこなったんだろう。

――ええ、女が帝国ホテルへ遊びに来て、僕がボオイに五円やって、その晩、女は私の部屋へ宿泊しました。そうして、その夜ふけに、私は、死ぬるよりほかに行くところがない、と何かの拍子に、ふと口から滑り出て、その一言が、とても女の心にきいたらしく、あたしも死ぬる、と申しました。