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うじのこうよう
蛆の効用
寺田 寅彦
「自由画稿」1935(昭和10)年2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 1,698 字 · 4 页
ばいきんはめぐりめぐって、やはりどこかで人間に仇をするかもしれない。
自然界の平衡状態は試験管内の科学的平衡のような簡単なものではない。ただ一種の小動物だけでも、その影響の及ぶところははかり知られぬ無辺の幅員をもっているであろう。その害の一端のみを見てただちにそのものの無用を論ずるのは、あまりにあさはかな量見であるかもしれない。
蠅がばいきんをまきちらす、そうしてわれわれは知らずに、年中少しずつそれらのばいきんを吸い込みのみ込んでいるために、自然にそれらに対する抵抗力をわれわれの体中に養成しているのかもしれない。そのおかげで、何かの機会に蠅以外の媒介によって、多量のばいきんを取り込んだときでも、それにたえられるだけの資格がそなわっているのかもしれない。換言すれば、蠅はわれわれの五体をワクチン製造所として奉職する技師技手の亜類であるかもしれないのである。
これはもちろん空想である。しかしもし蠅を絶滅するというのなら、その前に自分のこの空想の誤謬を実証的に確かめた上にしてもらいたいと思うのである。
あえて蠅に限らず動植鉱物に限らず、人間の社会に存するあらゆる思想風俗習慣についても、やはり同じようなことがいわれはしないか。