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ほたる

蛍

織田 作之助

「文芸春秋」1944(昭和19)年9月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,875 字 · 21 页

青空文庫

蚊に食われた跡が涙に汚れてきたない顔だったが、えくぼがあり、鼻の低いところ、おでこの飛びでているところなど、何か伊助に似ているようであったから、その旨伊助に言い、拾って育てようとはかったところ、う、う、家のなかが、よ、よごれるやないか。伊助は唇をとがらし、登勢がまだ子をうまぬことさえ喜んでいたくらいだったのだ。

けれど、ふだんは何ひとつ自分を主張したことのない登勢が、この時ばかりは不思議なくらいわがままだった。伊助はしぶしぶ承知した。もっとも伊助は自分が承知してもお定がうんと言うはずはないと、妙なところで継母を頼りにしていたのかもしれなかった。ところが、いつもそんな嫁のわがままを通すはずのないお定が、なんの弱みがあってか強い反対もしなかった。

赤児はお光と名づけ、もう乳ばなれするころだったゆえ、乳母の心配もいらず、自分の手一つで育てて四つになった夏、ちょうど江戸の黒船さわぎのなかで登勢は千代を生んだ。千代が生まれるとお光は継子だ。奉公人たちはひそかに残酷めいた期待をもったが、登勢はなぜか千代よりもお光の方が可愛いらしかった。継子の夫を持てばやはり違うのかと奉公人たちはかんたんにすかされて、お定の方へ眼を配るとお定もお光にだけは邪険にするような気配はないようだった。