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ほたる
蛍
織田 作之助
「文芸春秋」1944(昭和19)年9月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,875 字 · 21 页
それを女風情の眼でけがされたとあってはもう献上もできない。さア、どうしてくれると騒ぎはお定の病室へ移されて、見るなと言われたものを見ておきながら見なかったとは何と空恐しい根性だと、お定のまわらぬ舌は、わざわざ呼んできた親戚の者のいる前でくどかった。
うなだれていた顔をふと上げると、登勢の眼に淀の流れはゆるやかであった。するとはや登勢は自分もまた旅びとのようにこの船宿に仮やどりをしたのにすぎなかったのだと、いつもの諦めが頭をもたげてきて、彦根の雪の朝を想った。
ところが、ちょうどそこへ医者が見舞ってきて、お定の脈を見ながら、ご親戚の方が集っておられるようだが、まだまだそんな重態ではござらんと笑ったあと、近ごろ何かおもしろい話はござらぬか。そう言って自分から語りだしたのは、近ごろ京の町に見た人形という珍妙なる強請が流行っているそうな、人形を使って因縁をつけるのだが、あれは文楽のからくりの仕掛けで口を動かし、また見たなと人形がもの言うのは腹話術とかいうものを用いていることがだんだんに判って奉行所でも眼を光らせかけたようだ……というその話の途中で、五十吉は座を立ってしまい、やがて二、三日すると五十吉の姿はもう京伏見のどこにも見当らなかった。