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みかん

蜜柑

佐左木 俊郎

「随筆」1927(昭和2)年2月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 6,618 字 · 14 页

青空文庫

障子の上で、ぶぶうっと紙に突き当たっていた蠅が一匹、お婆さんの瞼へ来てとまった。お婆さんは閉じたままの瞼をひくひくと微動させた。蠅はすぐに飛び去った。睫毛の間には、小粒の涙滴が、一列に繁叩き出された。

二

お美代が土瓶と飯茶碗とを持ってはいって来た。足音でお婆さんは布団の襟に眼をこすりつけた。

「婆さん、ほら、水持って来したで。」

「うむ、水!――どうも眼が霞んで。」

お婆さんは口まであけて、顎をこすりつけているように、顔を布団に埋めながら低い声で言った。

「あ、お美代が? 今朝来たのが?」

「うむ、今朝。」と、うなずきながら、お美代は茶碗に水を注ぎ満たした。

「大変まだ早ぐ来たで。――どんな風だ大崎の方は? 仕事の早い処だぢ、田畑の仕事は片付いてしまったがあ。」

お婆さんは静かに寝がえりながら、低い消え入るような声で吐切れ吐切れに言った。お美代は茶碗を取ってお婆さんの方へ出した。お婆さんは布団の中から、痩せた青筋の節くれだった大きな手を出したが、手はなかなか伸びそうもない。手よりも先に、頤の方が出て行った。

「なんだけえ、まず、お美代。汝の手は……」