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みかん

蜜柑

佐左木 俊郎

「随筆」1927(昭和2)年2月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 6,618 字 · 14 页

青空文庫

丈夫で何よりだ。」

お婆さんは、また眼を開けて弥平爺の顔を見た。

「さっきの話であ、おめえ、頭の髪も、髪さ結び付けた赤い布片も皆鼠に喰われでしまって、ほんで駄目なったのだ――って話だっけ……」

お美代は、囲炉裏端で弥平が、人を笑わせ自分も笑おうという意識で話したこの話を思い出して、手で口を掩うて笑った。

「そう言うごとにでもしねえげ……」と弥平は、淋しい笑いを笑おうとした。併しそれは、笑いにはならずに、僅かに口辺の線が歪められたきりであった。

三人とも口を緘じられた。どしんと大きな沈黙を横たえられた感じだった。お婆さんは眼を開いて弥平の老い窶れた淋しい顔に視線を据えていたが、それも長くは続かなかった。すぐまた眼を閉じてしまった。

「さあ、俺もそろそろ帰るとするがな。」

弥平爺は、しばらくの沈黙の後、腹掛けの丼を探りながら言った。そして、鞣革の大きな財布を取り出した。

「婆様、さあ、これで何が味っぽいものでも――爺の病気見舞だ。」

弥平爺は、五銭白銅貨を二三枚お婆さんの枕元へ撰り出した。

「あ、爺様や、こんなごどしねえだって。」

「ほんとに少しばりだげっとも。