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みかん

蜜柑

山本 周五郎

「キング」大日本雄辯會講談社 、1941(昭和16)年8月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,307 字 · 25 页

青空文庫

頼宣から叱責されたとき、源四郎はかつて退身しようと考えたのを思いだした。

――やはりあのとき退身すべきだった。

そう思った。けれども「おのれひとり正しと考えるのはみぐるしい」という頼宣の言葉が無念だった。高禄で召抱えられる新参と、小身微禄の譜代の者とのあいだに、もし不測のあらそいがおこってはならぬと考えてしたことを、「眼さきのことにはしる」と云われたのも口惜しかった。

――そうだ、ここで退身してはならぬ、殿にじぶんのまごころが通ずるまでは、どんな微賤なお役でもご奉公をしていよう。

源四郎はかたくおのれを信ずるがために、そしていつかはそれが主君にわかって貰えるであろうと思って、黙々と蜜柑畑ではたらきはじめた。しかし彼のあたまのなかは、

――いつかはわかって戴ける。

――やがてはこの心底がお上に通ずるであろう。

――いや、必ず通じさせずにはおかぬ。

そういう考えでいっぱいだった。

日は経っていった、秋はしだいに深く、畑の蜜柑はつぶらな果皮につやつやと色をもちはじめた。

蝉の声がいつかしら絶え、夜ごとの虫の音に思わず衿をかきあわせることが多くなると、空高く雁のわたる哀れな声も聞えだした。